8割に合わなくていい。2割に刺さる店

2008年「新しい飲食店開業」という雑誌にみやこんじょ特集が載っていたので懐かしく思いシェアさせてください!
当時僕は大学2年生、まさか継ぐなんてことは一切考えていませんでしたし、将来どうしたいかとも考えていなかった頃です。
2009年に現在のみやこんじょに移転しましたが昔のみやこんじょは席数は半分で壁中に来店客の写真が貼ってあるかなり独特のお店でした!当時を知るお客さんからしたら懐かしいのではないでしょうか。

以下雑誌の要約です
ブームより前から、宮崎を発信していた店
2007年「どげんかせんといかん」という言葉が流行語大賞を取り、
宮崎県は一気に全国区になりました。
東国原英夫知事のPR活動によって、宮崎の文化や特産品、郷土料理が注目され、
首都圏でも宮崎料理をうたう飲食店が増えていきました。
でも、そんなブームが来るずっと前から、
宮崎料理を看板に掲げて営業していた店があります。
それが、1981年創業の
新宿・歌舞伎町「みやこんじょ」です。
重たい扉の先にある、満席の熱気
新宿駅東口から徒歩5分。
キャッチをかわし、かつてのコマ劇場脇を抜け、ビルの地下へ。
重量感のある木の扉を開けると、そこには――
満席のお客さん。お客さん。お客さん。
「相席でもよければ……」と案内され、
知らない人たちと同じテーブルにつきます。
すると店主が自然にひと言。
「同じテーブルなんだから、この人も会話に混ぜてあげて」
それだけで、初対面同士の会話が始まる。
みやこんじょでは、これが当たり前の光景です。
壁一面の「人の歴史」
店内に入るとまず目に飛び込んでくるのは、
壁一面に貼られたお客さんの写真、写真、写真。
相席スタイルが主流ではない今の時代だからこそ、
この光景は強烈な個性になっています。
「8割の人には合わないかもしれない。
でも、残りの2割が来てくれたらいい。」
そんな覚悟で続けてきた空間が、
逆に“ここにしかない店”を作ってきました。
みやこんじょ名物・バースデーパーティー
みやこんじょを語るうえで、欠かすことのできない名物があります。
それが、バースデーパーティーです。
誕生日の主役には、
- オリジナルTシャツ
- 花火付きの自家製ケーキ
- シャンパン
が用意され、
その瞬間、店内にいる全員でバースデーソングを歌います。
ただ祝われるだけではなく、
店にいる全員が“一緒に祝う側”になるのが、みやこんじょ流。
ある月には、
160人以上が一度に誕生日を祝ったこともあるほどで、
店全体がひとつになる、まさに特別なイベントです。
突然始まった、誕生日会
ある夜のこと。
時刻は23時前後。
前触れもなく、店内で突然バースデーパーティーが始まりました。
同じテーブルにいたグループの中の一人、
宮崎出身の女性が、オペラ調で
「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」を歌い出すと——
店内は一気に、手拍子と大合唱。
知らない人同士が、
拍手し、笑い、乾杯を交わす。
そこにあったのは、
肩書きも年齢も関係ない、ただの“人と人”。
まさに
「袖すり合うも他生の縁」
を体現した空間でした。
数日後に届いた、一通の封書
数日後、編集部に一通の封書が届きました。
中には、店内で撮った写真とニュースレター。
写真を見返すと、
あの夜の会話、笑顔、空気感が一気によみがえります。
おそらく来店した多くの人も、
同じように写真を見ながら
みやこんじょを思い出しているのだと思います。
みやこんじょは「体験が残る店」
みやこんじょは、
ただ料理を食べる場所ではありません。
- 知らない人と同じテーブルにつき
- 誕生日を一緒に祝って
- 笑って、乾杯して
- その記憶が写真として残る
人の人生のワンシーンが、自然と刻まれる場所。
この記事が雑誌に載った2008年から今まで、
時代の流れによって壁の写真や撮った写真をお客さんに送るサービスは無くなりましたが
その本質は何も変わっていないと、
二代目として改めて感じました。

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