
高校生の僕が「父ちゃんに弟子入り」した日
2005年、高校生の頃に『ガテン』という雑誌で
「親子修行」という特集に掲載していただいたことがあります。
タイトルは
「父ちゃんに弟子入り」
今読み返すと、正直かなり恥ずかしいです。
でも、あの時の空気感は今でもはっきり覚えています。
物心つく前から出入りしていた父の店、みやこんじょ。
その“勝手知ったる場所”で、初めて看板料理に挑戦する日でした。
父は取材の中で、僕のことを
「シャイなヤツ」
と紹介していました。
間違っていません。
当時の僕は、本当に人前で話すのが苦手でした。
そんな僕が挑戦したのは、
みやこんじょの看板料理「チキン南蛮」。
それまでやっていたのは、皿洗いや野菜の下ごしらえ。
包丁は握っていても、“一品を任される”のは初めてでした。
最低限の会話だけで淡々と進む調理

「今日はバイトで言うところのステップアップだな」
そう言って父は厨房へ入り、
鶏もも肉をまな板に置きました。
「包丁入れて、薄くのばして」
「粉まぶして」
「ほら、油に入れる」
父の指示は淡々と続きます。
僕はほとんど返事もせず、
言われた通りに手を動かすだけ。
唯一発した言葉は、
「何分?」
揚げ時間を聞いたその一言だけでした。
「何分って決まってるわけじゃない。
肉が上に浮いてくるから」
厨房に響いていたのは、ほぼ父の声。
15分ほどの、静かな真剣勝負でした。
出来上がったチキン南蛮は、
自分では「うまくできた」と思っていました。
でも父の評価は、甘くありませんでした。
「まだまだだな。
使った包丁やまな板はすぐきれいにするとか、
そういうところができてなかった」
味だけじゃない。
段取り、気配り、流れ。
店としての“完成度”を見ていたのだと思います。
接客の秘策を中学生で考案
取材の中で、こんな話も出ていました。
僕が中学生の頃、
「店を継ぐなら都城に何年か住まないとダメだ」
と言ったことがあるそうです。
理由は
「都城の言葉がしゃべれないと継げないから」
当時は深く考えていなかったかもしれませんが、
父の背中を見て、
“この店は会話があってこそ成り立っている”
と感じていたのだと思います。
「2代目は店を潰すって母に言われるんです」
そんなことを苦笑いしながら話している自分も、
誌面には載っていました。
いろいろな経験を経て
あれから21年が経ち、
アメリカで寿司を握り、
いろんな経験をして、
今、実際にみやこんじょを継ごうとしています。
あの頃のシャイな高校生が、
どこまで成長できているのかは正直わかりません。
でも、
初めてチキン南蛮を揚げたあの日の緊張感は、
今でも僕の中に残っています。
あの日が、
もしかしたら本当の意味での
「修行の始まり」だったのかもしれません。

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