新宿みやこんじょ継承記No.24 〜都城市のお勉強〜

都城についてお勉強してます

私(2代目)は宮崎に住んだことはありません。ただ、
アメリカのビザを申請中に大学卒業してから時間があったので
都城に数ヶ月住んでみようと思ったことがありました。
牟田町(飲屋街)での飲食店のお仕事も決めていたのですが、
ペルーに行くチャンスが舞い込んできて結局行くこともなく終わりました。

宮崎には、かれこれ何度も行ったことがあります。
ただそのほとんどが「父に連れて行ってもらう宮崎」です。

これが意外と厄介で(というと失礼ですが)、
連れて行ってもらう側って、地図を見ないんですよね。
気づいたら着いていて、気づいたら飲んでいて、気づいたら帰っている。

その結果どうなるかというと、
自分が今どこにいるのか全く分からない宮崎が完成します。

正直、都城の土地勘はほぼゼロです。
「宮崎の家は蓑原町」と言われても、
昔は普通に五十市だと思っていました。
横市なんですね。そのレベルです。

地図と睨めっこを始めました

宮崎イーブックスサイトから

そんな状態でお店を継ぐことになるので、
さすがにこれはまずいと思い始めました。

最近は少しずつですが、
都城の地区や町名マップを眺めるようにしています。

アナログながら地図を印刷して、
「ここが蓑原で、ここが五十市で…」と眺めている時間、
正直かなり地味です。

実際にこれがどれくらい役に立つのかは分かりません。
お客さんとの会話で急に
「そこ横市ですよね?」なんて言う場面が来るのかも謎です。

でも、こういうのは多分、
“知っていること”より“知ろうとしていること”が大事なんだと思っています。

東京生まれがどう対処していくか

みやこんじょのレビューを見ると、
宮崎に詳しいマスターが」
「都城出身のマスターが都城弁で接客してくれる」
みたいなことが書かれているのですが、ここで一つ問題があります。

僕、東京生まれ東京育ちです。

これは冷静に考えると結構プレッシャーです。
「都城弁で話しかけてくれると思ったら標準語だった」
このギャップは普通に裏切りになりそうです。

お客さんの期待値が勝手に上がっている状態で
自分はその期待を知らずに立っている、という構図です。


ただ、思うんです。

みやこんじょって、
“完璧な地元の店”というより
出身地関係なく人と人が繋がる場所だった気がします。

だからこそ、
出身がどこかよりも、
そこにどれだけ向き合っているかの方が大事なのかもしれません。

とはいえ、やっぱり怖いので
ちゃんと勉強はします。


今やっているのは、
都城の地名マップを眺めることと、
少しずつ宮崎の出来事を調べること。

こういう地味な積み重ねが、
いつかお客さんとの会話で
「お、分かってるね」と思ってもらえる気がします。


東京生まれの人間が、
どこまで宮崎を語れるようになるのか

まだ全然分かりませんが、
少なくとも“分かったふり”だけはしないようにしようと思います。

そして気づいたら、
ちょっとだけ宮崎に詳しい東京人くらいにはなっていたいですね。

マスター

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この記事を書いた人

宮崎居酒屋「みやこんじょ」二代目。
アメリカで寿司職人を経験後、父の店を継ぐ決意をしました。
人と人がつながる場所としてのみやこんじょを、次の世代へつないでいきたいと思っています。
二代目としての日々や、店のリアルを発信中。