新宿みやこんじょ継承記No.33 〜ペルーで始まり、ペルーで終わる〜

14年間の海外生活に終止符を

2014年から始まった僕のアメリカ生活も、いよいよ幕を下ろす時が来ました。
今、4月29日にマイアミを出てペルーに10日間滞在し、
マイアミをまた経由してサンフランシスコで日本への飛行機を待っています。
合計で41時間かけて日本へ戻っています。

今回のブログは、海外生活での最後の更新になります。
今年から始めたブログも何とか続けれていて
読んでくれている方も沢山いて嬉しい限りです!

さて今回のタイトルにある通り日本から遠いペルーでの不思議な縁についてです。

きっかけは、父の「龍、やってみたら?」の一言

皆さんは「ペルー」と聞いて、何を思い浮かべますか?
おそらく、マチュピチュやナスカの地上絵といった圧倒的な世界遺産のイメージが強いと思います。

僕が初めてペルーの地に降り立ったのは、アメリカへ行く前のことです。
当時、アメリカの永住権を申請中だった僕は、
大学を卒業したばかりで、特に目的もなく「待ち」の状態でした。

そんな時、父の知り合いとの縁で、
リマにある「天野博物館」という日本人の方が創設した考古学博物館でボランティア募集があるという話が
父経由で舞い込んできました。

「龍、やってみたら?」

父の言葉に、当時の僕は「あぁ…」と生返事。


考古学の知識もペルーへの興味も皆無だった僕は、正直かなり渋っていました。
それでもしつこく返事してみなさいという父の強い押しに負けてダメもとで聞いてみることに。
その募集をかけてくれた方は僕も1度だけ会ってお話しして旅の面白さを教えてくれた写真家の方です。
数名ボランティアに興味がある候補がいたらしいですが、ありがたいことに僕が選ばれることに。

これがなければ今の僕はいなかったと思います。
スペイン語も学べずアメリカへいき、海外生活も不慣れだったですし、
今の奥さんとも出会っていなかったかと思います。

人生、少しのチャンスを逃しただけで今後の人生が大きく変わるんだなと思わせてくれる出来事です。

ミイラと同じ屋根の下、スペイン語漬けの毎日

2012年6月 ペルーの首都リマにて

ペルー行きが決まって2ヶ月後
「遺跡を掘り起こすのかな?」なんて淡い想像を抱いてリマへ向かった僕を待っていたのは、
想像以上に濃密な「ガイド」としての修行でした。

天野博物館は、特に「チャンカイ文化」の土器や織物に特化した場所。
雨の降らない土地だからこそ、1000年以上前の品々が驚くほど綺麗に残っています。
到着してわずか2週間でデビューを言い渡され、
午前中はスペイン語学校、
午後はひたすら展示品の研究とガイドの練習。

当時は日本人ボランティア3人で博物館の中に住んでいたのですが、
「一つ屋根の下、その2階には1000年以上前の土器やミイラがいる」という、
今思えばとんでもなく貴重な環境でした。
最初は45分で終わってしまったガイドも、
1年後には2時間たっぷり愛を込めて語れるようになっていた。
それが僕のペルー愛の原点です。

チャンカイ文化の土器。他の文化も色々な特徴がありどれも可愛らしいものばかりです。

最高のパートナー、そして再びのペルー

そんな僕が、アメリカでの12年を経て、またペルーを経由して日本へ帰る。
14年前の僕に言っても、きっと信じないでしょう。

実は、昨年結婚した僕の奥さんは、アメリカとペルーのハーフなんです。
さらに2年前から彼女の両親がアメリカからペルーで暮らし始めたこともあり、
僕にとってペルーは「かつての修行の地」から「大切な家族がいる場所」へと変わりました。

日本からは20時間以上かかる遠い国ですが、個人的にはアメリカよりも断然暮らしやすく、何よりご飯が最高に美味しい!

ペルー料理代表的なセビーチェ

さらばアメリカ、ただいま日本

僕の海外生活は、2012年のペルーから始まり、2026年のペルーで締めくくられました。

英語を飛び越えてスペイン語の世界に飛び込んだあの日から、
アメリカでの荒波、そして愛する人との出会い。
すべての点がつながって、今の僕があります。

2026年5月、帰国を迎えて14年前の再現

いよいよ明日には東京に戻ります。
今の円安の状況を考えると収入面ではアメリカ時代には及びませんが、
人生1度きりですし、収入面だけではない。
40歳手前になり新しいことへのチャレンジにワクワクしています。
もちろん不安の方が大きいですが、これが自信に変わる日もそう遠くないのではないかと思っています。

これから新宿みやこんじょ2代目もよろしくお願いします。

マスター

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この記事を書いた人

宮崎居酒屋「みやこんじょ」二代目。
アメリカで寿司職人を経験後、父の店を継ぐ決意をしました。
人と人がつながる場所としてのみやこんじょを、次の世代へつないでいきたいと思っています。
二代目としての日々や、店のリアルを発信中。