新宿みやこんじょ継承記No.56〜顔を出さないといけない場所 ——故郷・宮崎と繋がる熱気〜

宮崎県に関する県人会や故郷人会は、東京や関東圏にいくつあるのでしょうか?

2ヶ月ほど前に初めてお声がけいただいた「高原町県人会」

そして8月に「新宿みやこんじょ」を貸し切ってイベントを開催してくださった「Roots Miyazaki」など、これまでも様々なご縁をいただいてきました。

そして季節が秋へと移り変わった10月に入り、なんと宮崎県人会に関連する大きな集まりが3つも重なりました。
今回は、その日々の中で感じたことについて綴ってみたいと思います。

怒涛の10月、各地の宮崎イベントへ

焼酎と宮崎料理を楽しむ会

まず10月3日には、六本木で開催された「焼酎と宮崎料理を楽しむ会」に参加しました。

東京タワーを一望できる素晴らしいロケーションの中、極上の和牛や地鶏の炭火焼き、カツオなどの特産品と共に、自慢の宮崎焼酎を味わう贅沢な会です。
会場には日本各地から様々な酒造メーカーの方々も駆けつけていらっしゃいました。
当日はこの後にお店へ戻る仕事があったためお酒をたくさん楽しむことは叶わなかったものの、300名近くもの参加者が集う圧倒的な熱気の中で、たくさんの方々とご挨拶を交わすことができました。

続く10月17日には、市谷で行われた

「在京宮崎県人会総会懇親会」

に参加しました。こちらも約200名近くの参加者が集まる大規模な総会です。
この会では、主催者の方々が20代・30代の若い世代専用の席を用意してくださるなど、次世代の若者同士の交流を大切に温めてくださる配慮があり、非常に有意義な時間となりました。

若い方も割と参加されていました

おかげさまで、同世代をはじめとする多くの方々と新しい繋がりを作ることができました。

そしてその翌日、10月18日には

「在京都城地方同郷人会総会」

へと足を運びました。こちらは約80名ほどの参加者で
年齢層は少し高めで60歳以上の方が9割ほどを占める落ち着いた雰囲気の会です。
諸先輩方の故郷に対する深い郷土愛に触れ、背筋が伸びる思いがしました。

なぜ、宮崎人はこれほどまでに故郷を想うのか?

こうしていくつもの会に参加していると、ふと一つの疑問が浮かびます。
僕は純粋な宮崎生まれではなく、母親が長野県出身というルーツを持っています。

それでも、なぜ宮崎県民の方々はここまで強く故郷を想い、結びつきが深いのでしょうか。

一つの大きな理由は、やはり「物理的な距離感」にあるのかもしれません。

東京から宮崎へは、そう簡単にふらっと帰れる距離ではありません。
だからこそ、遠く離れた関東の地で同じ郷里の仲間と集まり、言葉を交わすことに特別な価値や温かさを感じるのだと思います。

振り返れば、僕自身もかつてアメリカで生活していた頃やバックパッカーとして旅していた頃、現地で日本人と出会ったときの打ち解けるスピードは、国内にいる時とは比べものにならないほど爆発的に早かったのを覚えています。

あの「故郷や母国を遠く離れた場所で感じる強烈な連帯感」と、宮崎県人会に漂う温かい空気感は、どこか通じるものがある気がしています。

これからも、アンテナを張って足を運び続ける

こうした故郷のコミュニティやイベントの熱気は、実際にその場に身を置いてみなければ肌で感じることはできません。

ありがたいことに、来月11月7日にもまた別の県人会が予定されています。

当日はお笑い芸人の「いぬ」さんが来られるとのことで、また違った趣向の、最高に楽しい会になるのではないかと今からとても楽しみにしています。

「必ず顔を出さないといけない場所」――それは単なる義務感ではなく、僕自身が宮崎の食文化を扱うお店の経営者として、そして一人の人間として、多くのご縁や温かいパワーをいただけるかけがえのない場所です。

これからもしっかりとアンテナを張り巡らせ、いつ何があるのかをキャッチしながら、積極的に様々な場に足を運んでいこうと思っています。

人と人をつなぐ故郷の絆を大切にしながら、みやこんじょも一緒に盛り上げていきます!

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この記事を書いた人

宮崎居酒屋「みやこんじょ」二代目。
アメリカで寿司職人を経験後、父の店を継ぐ決意をしました。
人と人がつながる場所としてのみやこんじょを、次の世代へつないでいきたいと思っています。
二代目としての日々や、店のリアルを発信中。