アメリカ生活、12年。
皿洗いからミシュラン職人へ駆け抜けた僕の、
嘘のような本当の話。
帰国を目前に控えた今、
その全軌跡を六話に分けて公開します。
【目次】
- 第1話:【幕開け】「行きたくない」から始まった。26歳、絶望の渡米。(2008-2014)
- 第2話:【屈辱の皿洗い】言葉はスペイン語、仕事は股間を触られること?(2014-2016)
- 第3話:【転落と覚醒】アメリカン寿司の洗礼と、保健所が来た金曜日。(2016-2018)
- 第4話:【ミシュランとコロナ】天国から地獄、そしてゴーストキッチンへ。(2019-2021)
- 第5話:【マイアミの奇跡】血だらけの年越しと、二度目の星。(2021-2024)
- 最終回:【決意】運命のバトン。新宿「みやこんじょ」二代目へ。(2024-2026)
【第5話】年収5,000万の誘惑と、顔面血だらけのミシュラン獲得

ワシントンDC→マイアミへ
2021年11月。日本での2ヶ月もの休暇を終え、
僕は飼い猫2匹を連れ、ワシントンD.C.からマイアミを目指して
15時間のロングドライブに出ていました。
大型トラックを自分で運転し、荷造りも荷解きも一人。
新天地への期待と、慣れない長距離移動の疲労が入り混じる中、
視界に飛び込んできたのは南国特有のヤシの木でした。
「よし、ここでまた一花咲かせてやる」
移籍先の店は、客単価250ドルの高級「おまかせ」レストラン。
目標はただ一つ。
「フロリダ初年度のミシュランで星を獲ること」
僕はヘッドシェフの補佐として、
二人三脚でその高い壁に挑むことになりました。

暗転した大晦日:顔面血だらけの「仕事納め」

仕事を始めて1ヶ月半、気合十分で迎えた2021年の大晦日。
年越しスペシャルコースの予約は満席。
準備に追われる僕は、いつも通り自転車で職場へと急いでいました。
海を渡る大きな橋の、
下り坂に差し掛かったその時です。
排水溝の溝にタイヤがピタリとはまり、僕は文字通り宙を舞いました。
地面に叩きつけられ、朦朧とする意識の中で一瞬何が起きたのか覚えていません。
信号のない道路で車がスピードを出すような場所にも関わらず、
相当な事故だったのか見かねたあるドライバーが止まってくれて助けてくれました。
「お前、マジで大丈夫かよ。クレイジーだわ!ハハハ!」
と言われぶっ壊れた自転車を積んでもらい職場まで送ってくれました。
その時、助手席で鏡を見た時の衝撃は忘れられません。
「顔面、血だらけじゃないか……」
服はボロボロ、なんか体も痛い。
幸い、婚約者のKTが口うるさく
「絶対に被りなさい!」と言ってくれていたヘルメットのおかげで、
頭へのダメージだけは免れました(ヘルメットは無残に傷ついていましたが)。



アメリカの恐ろしいところは、ここからです。
僕は幸いなことにペルー時代も含めてここ15年近く
病気や怪我で病院にいったことがありません。
しかし今回ばっかりは行かなければならないと悟りました。
当時の会社の保険が3ヶ月目以降から有効と言うことで、
当時は無保険状態。
傷だらけの姿で職場に行き心配され
マネージャーに車で病院まで送ってもらいました。
その日は感染症の薬と傷口への消毒のみ。
その3日後、脇腹の激痛に耐えられずレントゲン撮影。
後日届いた請求書は、
合計1,500ドル(約20万円以上)。
結局、この1,500ドルの請求は一度に来たわけではなく、
何回かに分けてバラバラに届いた合計金額です。
支払い終えて一安心……と思った数週間後に、
また「謎の請求書」が届く。
アメリカの医療システムは本当にややこしくて、
病院代とは別に、診察した「医師個人」からも請求が来るんです。
正直、最初は詐欺だと思って数ヶ月放置していましたが、
最終的に「差し押さえ(Collection)」の警告状が届き、
青ざめて支払いました。
完済したと思っても次が来る、
まさに「ヒヤヒヤもん」の連続でした。
痛みと戦いながら、それでも僕は4日後には職場に立っていました。
職人の意地というより、入りたてで会社に迷惑はかけられない一心でした。
ありがたいことに、
コロナ禍だったのでマスクで顔の傷を隠すことができてました。

二度目のミシュラン、そして「5,000万円」のオファー
それから半年後、その努力は報われました。
2022年6月。
フロリダ初のミシュラン発表。
結果は、
「ミシュラン一つ星」獲得。

ほぼ二人で回していた店だったので、その喜びは格別でした。
これをきっかけに、僕のLinkedIn(ビジネスSNS)はパンク寸前になります。
コロナ明けでのリベンジ消費需要、
その影響でどのレストランも人手不足、
かつどこのレストランもいい人材を求めていた事。
全米からシェフの引き抜き合戦が始まったのです。
届いたオファーの中には、驚愕の数字もありました。
「年収30万ドル(当時のレートで約4,500万〜5,000万円)」。
一瞬、思考が止まりました。
「これを受ければ、経済的には一生安泰かもしれない」
でも、僕の答えは「NO」でした。
マイアミに呼んでくれたこの店への恩理、
共に星を勝ち取ったスタッフとの絆。
「お金よりも大切なものがある」
そんな青臭いと言われるかもしれない日本人的な義理人情が、
僕をその場に留まらせました。

このオファーラッシュの間、僕自身はどんな条件を提示されても、
今の店を離れるつもりはさらさらありませんでした。
ただ、隣で見ていた婚約者のKTは違いました。
毎日届くオファーの数々に大興奮。
最終的には、彼女が僕のLinkedInのメッセージ管理や
返信をすべて担当するまでになっていました。
彼女が目を輝かせながらメッセージをチェックしている横で、
僕は変わらずお店へいき包丁を握る。
どこかシュールな光景でした。
もし、まだLinkedInのアカウントを持っていない方がいたら、ぜひ作ってみてください。
僕のように、思いもよらない形で「自分の価値」を突きつけられ、
人生の選択肢が広がる瞬間が来るかもしれません。
乱立する「おまかせ」と、忍び寄る限界
しかし、マイアミのレストラン事情は残酷でした。
ミシュランの影響で、
街中に「おまかせレストラン」が乱立。
バブルのような空気が漂い始めました。
僕たちの店も2年連続で星を維持しましたが、
客単価を300ドルに上げたことで、
サービス面やマネジメントの粗が目立つようになります。
「このまま、この場所で消耗し続けていいのか?」
ミシュランの星という栄光の裏側で、
僕の心は少しずつ、遠く離れた日本の
「ある場所」
へと向かい始めていたのです。

(つづく:最終回「さらばアメリカ。12年の悔いなき終止符と、新宿での新たな挑戦」)
マスター応援やコメントはインスタグラムまでお願いします!









